ビジネス・経済専門チャンネル 日経CNBC コメンテーターの眼

 11月に入って世界的な株高局面が顕著になるなか、日本株については出遅れが否が応でも気になる動きが続いた。9月以降、中国、ブラジルなど新興国の株価指数が主導する形で、リーマン・ショック前の水準を回復する動きがみられた。その時点では、FRB、イングランド銀行に代表される先進国の中銀による金融危機対策の「異例の措置」が演出する流動性相場の恩恵による上昇という見方が多かった。しかし、10月以降は英国のFT指数を皮切りに、先進国でもリーマン前水準の回復の動きが相次いだ。

 一方、日本株は「増資ラッシュ」「政策不透明感」「円高」という三つの国内要因で動けず、海外の株高という外部要因頼みの展開が続いていたが、11月中旬以降はそれすらも手掛かりとして生かせない窮状に陥った。日経平均先物は24日夜の時間外取引で長期トレンドを表す200日移動平均線(24日時点で9347円)をついに割り込んだのをきっかけに、下落基調を鮮明にした。

 日本株の出遅れぶりは昨年末水準を割り込んでいたTOPIXを見るとより鮮明だった。これは主要先進国では日本だけという不名誉で、世界的に見ても、金融危機の直撃で国家破たんの瀬戸際まで追い込まれたアイスランドなど10カ国余りに過ぎない(11月末時点)。日本が金融危機の負け組に位置づけられつつあることを象徴する例の一つだ。

 日銀が12月1日に追加の量的金融緩和策を決定したのを受け、株価はようやく反転し、悲観一色だった相場の心理状態は改善した。一息つけるようになったが、それにしても 日本株を取り巻く閉塞感が新政権発足の9月以降、急速に強まったのは皮肉というほかない。安値をつけた3月からダウ平均との連動性が続いていたが、11月5日に1万ドル台を回復したダウと対照的に、日経平均は同2日以降、1万円を割り込み、絶対数値では米国が日本を上回る状態が定着している。

 日本株の出遅れが突きつけた課題は、経済と社会を取り巻く根源的かつ構造的な問題に起因すると考えたほうがよさそうだ。これを象徴する株価の値動きが民主党関連銘柄として注目された子育て関連の西松屋チェーンだ。7月に新政権誕生を織り込んで年初来高値をとった後は上値が重くなり、11月以降、下落基調に入った。民主党関連銘柄の不調の背景には、政策実現に対する不信感を抱き始めた海外投資家の増加がありそうだ。こども手当てが少子化対策として意味がいないというつもりはないが、ばらまきで終わらない包括的な対策を打ち出さないと、子育て関連銘柄に対する買いは続かない。急速な少子高齢化に見舞われる日本の成長戦略をまったく提示できていないことが、閉塞感を強めて海外マネーの流入を阻害している。

 新政権が個別の政策を網の目のようにつなぎ、点と点を線から面に広げていかないと、活力ある国家の将来像は見えてこない。世界的なカネ余りという好機をまったく生かせない現状はかなり深刻だ。

 昨年9月15日、アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破たんした日のテレビニュース。リーマンの本社から出てくるうつろな目をした従業員の姿を見ていて、奇妙なことを思った。手に手に持って出てくる段ボールのなかには何が入っているのだろう……。機密書類や懸案プロジェクト、会社の資料などは持って出せないから、意外と自分のコーヒーカップ、ぬいぐるみやカレンダー、家族や恋人の写真立てなど「がらくた」が入っているのかも知れない。あるいは極秘ファイルを勝手に持ち出して、次の転職に生かそうとしているのか。世界恐慌の恐れすらある金融危機のなかで、「段ボールの中身を見てみてみたいな」と、とりとめのつかぬ思いを巡らせていた。

 「中の見えない段ボール」が今回の金融危機の象徴だと気がついたのは、それから数週間もたってのことだった。信用力の低い人にも貸し出したサブプライムローンを含めた住宅ローン、商業用不動産ローン、その他あらゆる取引を証券化して、段ボールに詰め込みふたをする。パッケージ金融商品ができあがる。そこに信用力のあるアメリカの金融機関名と格付けを付ければ、段ボールは飛ぶように売れた。日本の金融機関も企業も個人も、大学までが買った。中身も見ずに、というよりも見えないのに。段ボールのなかに、一つでも腐ったりんご=不良債権=が入っていれば、取引ができず、値段が付かない。ジャーナリストの池上彰さんは「福袋かと思って買ったら、実は闇鍋だった」とうまい表現をする。

 その後、世界は教訓を学んだのだろうか?パッケージ商品を作り出した最新の金融工学そのものに罪はない。問題なのは段ボールの中身がみえるようになることだ。まして金融の素人である個人投資家や大学などの法人に、分かりやすくリターンとリスクを説明しなくてはならない。透明性の確保はまだ道半ばだ。

 日本の新政権もある意味では中身の見えない段ボールだ。表面には美辞麗句が書かれているが、中身はどうか。このところの日本株の影の薄さ、リーマンショック後の世界の主要市場と比べた値戻りの遅さを見るにつけ、世界の投資家は「日本株は福袋か、闇鍋か」と躊躇(ちゅうちょ)しているのではないだろうか?

2009.10.05 (Mon) 中嶋 健吉

欧州セレブの価値観

山一證券での初めての海外勤務は、1973年のパリ事務所です。日本株を現地の機関投資家に勧める26歳の怖いもの知らずの営業マンの旅立ちです。その当時のパリ事務所は一人の個人投資家を顧客にしていました。コマンダン ベレーと呼ばれる超大手客です。ベレーはフランス語読みで英語ではワイラーになります。つまりワイラー大佐ということです。末尾がERで終わることからユダヤ系の人であることは間違いありません。山一が彼を顧客に出来た経緯は次の通りです。  

1960年代の後半、喜劇王チャップリンが帝国ホテルに滞在していることを聞きつけた、当時の国際部のトップが日本株をチャップリンに勧めたとの事でした。ただチャップリンは1950年からの赤狩りで国外追放になっており、長く映画活動が出来ず、その当時、追放は解けていても金銭面では苦しい状況にありました。彼から投資は出来ないが、奇しくも親友の大金持ちが同じホテルに泊まっているのでと紹介されたのが大佐です。大佐の初めての投資は関西電力でした。下がり続ける関電株を、買い下がり続け最終的にその当時では破格の億という利益を上げたとの事でした。これで彼の投資スタイルは確立します。全て買い下がりで、買いたい銘柄の値段が上がっても買値を上げることはありませんでした。  

次いで日産自動車を中心に自動車関連に幅広く投資を広げます。やはり買い下がりです。株式投資は値段に投資するのではないとの揺ぎ無い信念が感じられます。180近いガソリンスタンドの経営を中心にエネルギー関連のビジネスを手掛けているとの事でしたが実態は分かりません。しかし関西電力、自動車株への投資など自分で理解できるエネルギーに絡むものにしか投資しない明確な投資哲学がそこにあります。現在のカリスマ、バフェット氏に通じるものです。  

鮮烈な思い出があります。所長に言われ書類を事務所に届けに行ったときのことです。事務所には何故かグラマーな超美人ばかりが数人働いており、大佐は丁度出先から帰宅したばかりでした。車はロールスロイスではなく、黄色のミニ・クーパーを自ら運転しての帰宅でした。これが若さの秘訣と帰り際に教えてくれました。分かっていても真似のしようがありませんが。応接室の壁には中世の宗教画が隙間無く飾ってありました。飾れないものは床に2重、3重と立てかけてあります。こんなに沢山高価なものを無造作に置いてあることに驚いたものです。冠を付けた子供病院設立の資金繰りのため一年の休止がありましたが、大佐は亡くなるまで株式投資を続けました。病院はその後地元に寄付され、又あの大量な宗教画は全てルーブル美術館に寄贈され、今も大佐の名前の付いたコーナーがルーブルにあるとの事です。  

後年スイス勤務の時、あるプライベートバンカーに大佐の話をしたところ、欧州のセレブの典型的な行動様式だと教えられました。信念を持って資産を作り、惜しげもなく寄付する、多分宗教観がそうさせるのでしょうが日本には無い価値観かもしれません。ちなみに大佐は一次大戦の時の称号です。コマンダンと呼ばれることに最後までこだわったその理由を聞けなかったのは今では残念に思えます。

すったもんだの挙句--。まさにそんな印象だが、衆議院が7月21日に解散し、投開票は8月30日に決まった。政治と株式相場の関係やいかに?と考えていたところ、7月24日付の日本経済新聞が小さな囲み記事を掲載した。ポイントを紹介したい。

(1)過去10回の衆議院解散から投開票日までの日経平均株価の騰落率を見ると、
8回が3%未満におさまっている。つまり様子見から変動は小さくなる傾向がある。
(2)株価の方好感が出やすいのは投票日の後だが、最近は期待がはげて、下落する
ケースが目立つ。投票日から3カ月後の株価を見ると、上昇が4回に対し下落が6回。

最近で、例外的に株式相場が大きく上昇したのは、小泉元総理大臣による2005年の「郵政解散」だろうか。改革期待が外国人投資家の大幅な買い越しにつながったとされる。

私の個人的な経験則上では、政治は短期的には意外と相場に影響を及ぼさない。しかし、中長期では「政経不可分」だ。「郵政解散」後の動きには、世界的な景気回復の影響が多分に含まれているとしても、外国人投資家を中心に日本への期待感が高まったのは事実だと思う。

翻って今回はどうか?8月上旬時点では、民主党のマニフェスト(政権公約)発表が先行したが、財源問題に対する不透明感が強い。言い換えれば、官僚の複雑なしがらみを超えるだけの政策の実現性が疑問視されていることもあり、なんとも消化しかねているように見える。かといって自民党の「「実行力」に信頼が寄せられているわけでもない。あるエコノミストが「こんなにも外国人投資家の関心が薄い選挙は初めてだ」ともらしていたのは気掛かりだ。

余談だが先日、文庫化されたのを契機に『昭和史 戦後篇』(半藤一利著、平凡社)を読んだ。講談調の名調子で、時節柄、吉田茂と鳩山一郎の政策と国のありようを巡る強烈なせめぎあいには大いなる歴史のダイナミズムを感じた。孫同士の「暑い夏」は、どうもスケールの小さな争いに見えてしまう感が否めない。決戦の日に向けて、迫力を増していくことを期待したい。

2009.07.17 (Fri) 中嶋 健吉

日本人は貯蓄好き?

アメリカで歴史的な逆転が起こったのは1991年。個人金融資産に占める株式・投信のリスク資産の比率が20%に達し、初めて銀行預金を上回ったことをさします。それ以降も株式・投信の比率は増加し続け2007年末では53%近くになっていますが、現預金は13%まで低下しています。一方日銀の資金循環統計によると、2008年度末の日本の家計が保有する株式・投信などリスク資産は約9%、現預金は55.7%とアメリカとほぼ逆の数字になっています。リスク資産への傾斜を強めるアメリカの個人ですが、歴史を振り返ると、試行錯誤を繰り返した姿が見えてきます。

1970年代: 
インフレにも関わらず固定金利の上限が低く、変動金利型のMMFに特化。安全志向を強め、個人株主数は3千万人から2.5千万人に減少。

1980年代: 
年金スキーム、401Kプランが導入され、長期に税の優遇が導入される。株資産の見直し。個人株主数5千万人に増加。

1990年代:
企業財務の改善努力。ROE10%から23%に改善。配当重視。株・投信への魅力高まる。個人株主数8.8千万に。

いま手元に、日経の藤井彰夫編集委員の手による2004年9月の小さなコラム記事があります。1900年(明治33年)の日本の個人金融資産に占める証券の比率は55%、要求払い預金24.8%、定期預金4.7%になるとのある研究成果が紹介されています。ここからは預金好きの日本人の姿は見えてきません。この比率は多少の変化はあっても、1940年の戦時統制経済が始まるまでほぼ変わりません。しかし統制経済は膨大な軍事費を調達するため個人貯蓄の奨励が国策になり、一気に貯蓄優位になります。更に戦後は復興資金確保のため、預金中心の金融システムの構築、バブル崩壊後は民間金融機関への不振から郵貯へ大量の資金が流れ込み、貯蓄(預金)好きの日本人のイメージが定着します。

昨年8月のこのコラムで指摘したように、1990年のバブル崩壊後に定着したウルトラ低金利の結果、預金中心の日本の個人は280兆円近い利子所得を失ったと言われています。低金利が苦境に陥った、事業法人、金融法人の救済にあったことは言うまでもありません。つまり個人から法人へ280兆円近い所得の移転があったわけです。そうして救済された金融機関が再びサブプライム問題の後遺症の前に立ち尽くしています。一方1410兆円の個人金融資産は、いままでの様に国策に追従するだけではなく、あるべき投資先を必死に求めているのではないでしょうか。当然それは個人にとっても、国にとっても長いスパンで繁栄に資するものであるべきです。100年に一度の金融危機があっても殆んど無傷で残っている日本の個人金融資産は、そうした価値観と位置づけで見るべきではないでしょうか。

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